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こなゆきの日記

橋本病の投薬治療生活を乗り越えたり、いろんな経験を元に「読んだ人が楽しんだり、元気になってもらえたらいいなあ」と思いながら、ゆるーく発信してます。

「教育」で意識していたい大切なこと

こなゆきのつぶやき こなゆきの想い ブログ 心理学的なこと

どうも、こなゆきです。

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今日は水曜日。

ブログ書く時間が確保できたのと、

どうしても、アウトプットしたいことに出会ったから、

アウトプットしていくでござる。

 

個人的な考え方であって、

この方が好きだなあって考えているでござるから、

鵜呑みにさせたり、押し付けたりするわけではないでござる。

 

独り言だと思って、眺めてほしいでござる。

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「教育」と言ったら、

子供の教育、社員の教育を思い浮かべるでござる。

教育において、これだけは、こなゆき自身やっていくと決めたことがあるでござる。

 

 

2つのことを伝え続けることでござる。

 

「やる気」

「思いやり」

 

この2つを伝え続けるだけで、十分であることに気づいたでござる。

「やる気」は言い換えると「意欲」

「思いやり」は「共感力」でござる。

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人をやる気にさせるためには、

自発性を出させることが肝要でござる。

 

この自発性を子供が発揮するには、非常に大事な条件があって、

それは、「自由」をつくってあげることでござる。

 

車で例えるなら、

ハンドルに遊びがあることでござるな。

 

少しでもハンドルを触ったら、急カーブしてしまうくらいハンドルがガッチガチに固い状態は、自由がない状態に等しいでござる。

 

 

ここで言う「自由」とは

 

・選べることができる

・選んで初めて、決めることができる

・自分で行動ができる

 

ということでござる。

 

 

 

しかし、「自由」と「放任」は全く別物でござる。

 

自由は

「この子の全責任は親である私が全て取る。だから、のびのびと育ってほしい」

 

「部下の全責任は上司である私が全て取る。だから、のびのびと働いていいよ」

 

と、見守る側が責任を持つことで生まれるござる。

 

放任は

「何をしてもいいけど、責任はこの子の責任」

「この子がしたことでしょ、私の責任ではない」

 

ということでござる。

親の背中を見て、子供は育つものでござる。

 

 

責任を持って、子供をのびのびと育てていると

子供にも責任を持つことを自然と学んでいくことができるでござる。

 

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子供が

「こんなことをしてもいい?」

って聞いたときに

大人は、できる限り最適な答えや世の中の正しさに当てはめたり、

人の目であったり、世間の目であったり、

いろいろな型に当てはめた答えを考え抜いて、

言葉を見つけることがあるでござる。

 

この質問が来たときに、自発性を伸ばす言い方は

 

「自分で考えてみてごらん」

「どうなるかな?」

「それから、自分でやってみたらどう?」

 

優しく言うことでござる。

 

こうすることで、

子供は、自分の頭を使って考えて、

自分の力で行動しようとあれこれ考えて、

行動に移していくでござる。

 

 

「ママに言われたから、やっちゃダメなこと」

って、なると

なんでダメなのかを自分で考える力を養うことが難しくなてしまうでござる。

 

なぜダメなのか、

なぜ危ないのか、

なぜ入れないのか、

なぜ触れないのか、

 

その「なぜ」を自分で考えることを幼少期から身につけていくことが

 

「やる気」と「自発性」につながっていくでござる。

 

 

「ママが危ないって言っていたから、外で遊ばない。YouTubeやDVD、テレビを見る!ゲームで大人しく、静かに遊ぶ」

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騒がないで大人しくしている子は、

一見すると手がかからなくていいかもしれないでござるが、

そこに「自発性」「やる気」があるかと言ったら、

素直に「イエス」と言えないかもしれないでござる。

 

 

 

子供が成長してくると段々口答えしてくる時期になってくるでござる。

小学校1年〜3年生あたりからその傾向が出てくるでござる。

 

母親が子供に、何かを言ったときに

「ママだってやっているクセに」

 

と言われたとき。

 

これが、子供の自発性がもっとも発達するチャンスでござる。

 

ここで、親がどう対応するかで、子供の自発性、自分で考えたり、物事を見定める力を養うかどうかにつながるでござる。

 

 

上から目線で押し付けるように

「親だからやっていいの!」とか

「口答えしないの!」とか

 

しかりつけると自発性の芽を摘んでしまうことになってしまうでござる。

 

ここで

「ママも悪かったね、ごめんね。ママもパパも間違っていることがあるから、気付いたときに教えてね」

 

というふうに言えると

子供の考える力や

物事を見定める力を養うことができるでござる。

 

 

実は、子供はしからなくても十分に育っていくでござる。

 

しからなくても

「思いやり」を持って接することで、悪事を働かなくなるでござる。

 

たとえば、マンションに住んでいて、子供がベランダの柵を乗り越えて、外を覗き込んでいるとするでござる。

 

大きな声で「危ない!そんなことしたら、落ちるでしょ!」

と怒鳴ったり、しかりつけることがあるかもしれないでござるが、

 

そっと近くに行って

しっかり掴んであげて

近くで優しく

「落ちたら、どうなるかな?痛いよね」

って、思いやりを持って言う事はできるでござる。

 

 

石や物を投げたりする子どもには

「これが当たったら、どう思う?」

「00君がこれにぶつかったら、痛いよね?」

 

とか、優しく思いやりを持って声をかけることができるでござる。

 

 

怒鳴りつける、しかりつける。

その度、子供は

「怒鳴られるから、これをしない」

「しかられるから、これをしない」

というふうに考え、

「怒られないために、ママの言うことを聞こう」

「ママに嫌われないために、言われた通り、こうしよう」

 

という風になってしまうでござる。

 

そして、自発性、やる気、意欲が小さくなっていくでござる。

 

 

思いやりを持って接することが、

子供のやる気を伸ばすポイントでござる。

 

 

 

自分で考えて、

「こうしたら、もっと面白いかもしれない」

「この遊び方はおもしろそう!」

「自分でお昼ご飯は、こう作ったらおいしいものができるかも!」

 

想像力や創造力は、自由から生まれてくるものでござる。

のびのびとやらせてあげること、思いやりを持って接してあげること。

 

これが、「教育」で大事でござるなあと考えたでござる。

 

 

思いやりは、共感力。

たくさんの共感を感じられるように、拙者もいろいろ経験していくでござる。

 

 

おしまいでござる。

 

今日の美女エンドカード

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